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2017年3月11日

政治は春とともに・・・・
記事の編集
3月に入ると、さすがに寒さが緩んで季節が変わりますね。
わが南あわじ市では市長が替わり、本当の春がくることになるのでしょうか。

徳川幕府の10代将軍家治の時代に、幕府の財政再建の為、次々と政策を打ち出して田沼意次が行った政治と中身は違っていたけれど、似たようなところがありました。
8代将軍吉宗が行った享保の改革でやや上向き傾向となった幕府の財政でしたが、享保の大飢饉や百姓一揆などが続き財政難に襲われることとなります。

ボンクラ将軍にかわって政治をしたのが老中田沼意次で、当時の幕府の収入(年貢、つまりお米)ですが、米価の下落や飢饉、一揆などにより商人からもお金を取ろうと考えたわけです。
商人達から不満の声がで、株仲間(組合のようなもの)を作り幕府に冥加課金納めます。
冥加金を納めた株仲間には商売に有利なようにして、株仲間に入っていない人は商売を禁止したりするわけです。
政治家に取り入ってくる者に対して、有利になるようにするというのはよくある悪政のパターンですね。
田沼意次の行った政治は、公共事業にも積極的だったそうですが、天災続きで全国的な凶作や大地震、浅間山の噴火など運も良くなかったのでしょう。
11代将軍松平定信の時代になり、田沼意次の政治政策が終わることになりました。
池波正太郎の鬼平犯科帳は松平定信の時代なんですね。
長谷川平蔵のような人おらんかねえ。

田沼意次の政治は、財政再建を目指していたところはある程度理解されるところもあるかも知れませんが、賄賂が裏で行われるというのもねえ。
国政でも田舎の政治でも事業にはお金がつきまといます。大きくお金が動かなければ妙味がないというのが悪代官、時代劇の越後屋と悪代官の場面ですねえ(^o^)
こういう政治は、政治の上層部へは複雑な経路でキックバックなどというものになったりするのが、現在でもあるようだ。
政権が替わると経済界は、新たな動きをみることになるのでしょうが、阿倍政権の後ろ盾日本会議が森友学園で亀裂が見えたともいう評論家がいるが、そんな単純なものではないでしょう。
政治の世界は複雑なものでしょう。
わが南あわじ市政は、前政権の瞬間湯沸かし器のようではないように見えるが、擦り寄る輩は時代が変わろうとも繰り返し行われていくのでしょうかねえ。