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熊本で震度7の地震

2026年07月28日(火)

熊本で大きな震度がありましたね。
地震の規模をマグニチュードなどでいうけれど、震度7だったとかいうてます。
津波警報もでたけれど解除したようでひと安心です。
もう55年以上も前のことだけれど、西日本はアチコチ仕事で行ったので、地震や災害のニュースを聞くたびに心配しています。
熊本への出張の時は熊本駅から500mぐらいのところによく泊まりました。
旅館へは歩いて行くのですが、道々屋台が出ていて、馬刺しで一杯ひっかけて行くのですわ。
熊本市内だけじゃなく玉名温泉など食べ物も美味しいし、クマ酎が本当においしい。
八代は藺草(畳の表)を染めるのに淡路の青土(青い粘土)が行っていたんです。
熊本は宮本武蔵の晩年を過ごしたところで、五輪の書も熊本で書いた。
度重なる震災に心が痛みます。
ひとまわりも年下の荒尾市出身の男とはパソコン連れで、うちへ何度か泊まりにきたが、10年ほど前に死んだ。
卒業して入った会社に熊本や九州出身の人も結構いたなぁ。
で・・・地震の活動期に、また瓦が売れなくなるよね。
土建屋や大工、左官な必要な事業なのに、生かされないので廃業してしまうんだよ。
インフラというものを考えない政治もヤッパシねえ。
アンポンタンな世の中だっせ!
経済サンセス調査

2026年07月10日(金)

だいぶ前に
総務省・経産省、県、市からの令和8年経済サンセスとかいう調査票が来ていたんだが、放っておいたら市の総務課から提出してくれと催促の書類がきた。
こんな調査は都会資本の企業が田舎へ乗り込んでくる資料になるのではないかと、最近出してやらなくなりました。
冷静に見てみると、コンビニやディスカウントショップの進出で、商店街や零細企業が廃業している。
地方自治体は地元企業からの税収がなく寂れていく原因はそこにあるとも思うんです。
寂れた町で働き場もなく、年老いた親の面倒や子育てしたくても出来なければ、若者も住まなくなるというのがわからんのでしょうね。
中央官僚出が、老後に故郷へ戻って老後のゼニ稼ぎしているのが日本なのでしょうねぇ。
役場の職員というのは、自分の町をよくしようと思わずに、お金を稼ぐ場だと考えているのだろうかねぇ?

七夕会という同窓会

2026年07月08日(水)

ささの葉 さらさら のきばに ゆれる お星さま きらきら

昨日は七夕でした。
二十歳過ぎのころから中学の同窓会を大阪でやってきて、恒例になり毎年七月の第一週の日曜日にきめていました。
それを「七夕会」と名前を付けて、出身地域の人が主になって連絡しあい集まってきました。

昔話の七夕物語とは
むかしむかし天の神様である天帝には、織姫という娘がおりました。
織姫は、とても機を織るのが上手で、毎日、機を織っていました。
「年頃になった娘に、いい相手はいないか」と、天帝が捜しておられました。
そんな折、働き者の牛使いの彦星が、天帝のお目にとまりました。
天帝が、二人を引き合わせたところ、二人はたちまち互いが好きになり、結婚することになりました。二人は幸せでした。
しかし、二人の仲がよすぎて、織姫は機織には見向きもしなくなり、彦星も田畑を耕すことをしなくなりました。
二人のことを陰ながら見守っていた天帝は、二人の間に天の川を流されて、二人を会えなくしてしまわれました。
天の川の川幅は広くて、どんなに大声で叫んでも、向こう岸に立っている人には聞こえません。姿も見えるはずもなく。
織姫は、彦星に会えなくなった日々を紛らわそうと、また機を織ろう思いました。しかし、機の前に座りましたが、涙が出てくるばかりで、ひとつも仕事がはかどりません。彦星も、毎日物思いにふけるだけで、田畑は荒れていきました。
天帝は、そんな二人を案じて、
「また一生懸命、機を織るのなら、彦星に会えるようにしてやろう。」
「もう一度たゆまず田畑を耕すのなら、織姫に会えるようにしてやろう。」
こうして毎年、七夕の夜に二人は天の川の岸に立ち、互いのいる向こう岸を眺めていると、どこからともなく、かささぎが飛んできて翼を精一杯広げ、天の川にかささぎの橋ができ、織姫と彦星は両方からかささぎの橋を渡って、一年に一度だけ七夕の夜に会うことができるようになりました。
七夕の夜が雨だと、かささぎは翼を広げて橋になることはできませんから、七夕飾りのたくさんある短冊の中に、『七夕の夜は晴れますように』と、願いの短冊をひとつかけておくのだそうです。

ロマンチックな話で、80歳の年寄りが話せば笑われますが、私の同級生は中学時代でも高校時代でもこんなような友達に囲まれてここまで生きてきました。

ほんとうなら今年もこの七夕会を大阪でやろうと思っていましたが、数年前から常連だった人が亡くなったり、私のように病気になったけれど生還したりなど、なかなか思う道理にならないのですわ。
常連だったが欠席する人が出てきても、調べることが悲しい話になったりするので、あまり深く立ち入らないようにしていますが、心配は心配です。
この年になってくると何人かの友人が病と闘っています。
私は我流で生きている証として、勝手にlineを流していますが、うるさいやろなぁと思いながら (^o^)

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