HOME夜明けの歌をうたおう
 夜明けのうたよあたしの心の
 きのうの悲しみ流しておくれ
 夜明けのうたよあたしの心に
 若い力を満たしておくれ
 夜明けのうたよあたしの・・・・
        岩谷時子 作曲:いずみたく
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 無茶苦茶な世の中になりにけり ランクル  2026年10月13日(火) 8:07
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二宮金次郎みたいに、いまの人間は何処を見ても通る人みんな携帯電話を見ている。
車を運転しながら横においての見ながら族である。
アブナイから交通違反の法律を作っても、便利さから止めない。
政治もマイナンバーカードや商売には現金をもたずにスマホを翳すだけだから、輪をかけるように入り込んできてこんなシステムが止まるはずがない。
このシステムは労力を掛けなくてもお金が稼げることなので、データを持つことがシンドイことをしなくても良いと考える人間が出てくる。

役所や事業所では正規従業員よりも臨時で雇っている人間の割合が増えている。
愛社精神なんて昔の夢物語だ。
データこそがお金だと判ってくるともうじき辞めるんだから、数千円のメモリに吸い上げたら大儲けできる。
今は亡き内橋克人さんが怒っていた、これが捨てられた新自由主義なんだなぁ。


 やくざの勲章 (^_^) ランクル  2026年10月6日(火) 22:30
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清水の次郎長

講談で「海道一の親分」として取り上げられたことから名が広まり、浪曲や小説、映画・テレビドラマの題材として多く取り上げられました。
清水の次郎長はヤクザの親分で侠客、博徒だったのは事実ですが実業家でもありました。
次郎長は妻帯して家業に従事するが一方では博奕を行い喧嘩も繰り返しており、喧嘩の果てに人を斬ると、妻を離別して無宿人となる。
諸国を旅して修行を積み、博打を止めた次郎長は、清水港の発展のためには茶の販路を拡大するのが重要であると着目。
戊辰戦争の旧幕府方の軍艦「咸臨丸」の乗組員が清水港に放置されていた遺体を、処罰の危険を冒して手厚く埋葬し、これが縁で山岡鉄舟らと親交を持ちました。
江戸城を無血開城させたのは、幕府側の代表勝海舟と新政府軍側代表の西郷隆盛の2人だが、江戸の町を戦火から守るための和平合意に命がけの交渉をしたのが旧幕臣の山岡鉄舟らでありました。
時代の流れを読むというか、清水港を整備し、自分でも横浜との定期航路線事業を設立したり、開墾や私塾の英語教育を熱心に後援したという。

こうやってヤクザや博徒といわれている人間も実は人情だけでなく、先見性もありますね。
淡路島にも過去も現在も、負けず劣らぬ素晴らしい人もいた。


 クズは人にあらず (-o^) ランクル  2026年10月6日(火) 22:49 修正

浪曲というのはテレビが無かった時代、三つの歌とかお父さんはお人好しなどというラジオを聞くのが楽しみだったり、落語や浪曲も面白かったねえ。
君の名はというのもラジオとテレビの(出はじめの頃)境い目だった時代です。
銭湯がガラガラだというのは私が小学低学年の頃だと思うけれど、田舎では銭湯はなく、井戸がないうちだったから、雨水を貯めたた井戸側のタンクの水を使って風呂にしていた。
そんな時代を経て、私が高校卒業して高槻の大日本セロファンに入り、2年で止めて半年ほど遊んだけれど金が無くなったので、新聞の求人欄で静岡の鉄工所に入りました。
その篠原鉄工所は、静岡の長沼というところにあって、篠原家は旧家木(武家)で、清水の次郎長の三番目の女房おちょうさんの生家でもあった。
次郎長さんの三度目の女房は篠原とよ と言う名だったが、次郎長さんは「おちょう」という名が好きだったのか?皆んな「おちょう」にしたらしい。
当時の社長篠原大二さんの伯母さんに当ると聞いております。
工場に隣接した社長の居宅で時々大政の大刀を見ているのを見たという人もいた。

清水次郎長さんの時代淡路島にも偉い人がおりました。
北前船で北方航路を開拓した豪商高田屋嘉平や明治維新の先駆けとなった天誅組の古東領左衛門。
古東領左衛門は私の住む津井の人で、洲本の稲田藩の学問所益習館で学び、その教授は頼山陽の一番弟子の岡田鴨里であった。
天誅組や古東領左衛門のことは掲示板にも書いています。
ヤクザという一括りではなく、リーダーという見方をすると、そこに資質が見えてきます。

何の特技もないし、あるのは酒好き女好きぐらいで(^^; 喧嘩や腕力はまるつきし自信がないのに (^o^)、まな板ゲタを履いて繁華街を一人で歩く。
ときどき手配師に兄ちゃん明日〇〇の公園前に来たら仕事あるで、言われてもこっちゃ仕事はあるわいと無視して歩く。
夜の町は面白い。タタキ屋もいればガマの脂売りみたいなのもいる。
そんな時代は今のようなトクリュウなんかおらなんだ。
侍や戦後の時代にはそれなりに闇の世界にも秩序があった。
人は生きるために働いてお金を稼ぐ。
米や野菜、魚を捕ったり物を売ったりして、または芸や相撲やスポーツなどで、パンのみで生きるにあらずもある。
しかし最近は先生や警察官になるのも悍ましい輩がいる。
政治家も指を詰めて出直して来い言いたいわ。(怒)


 人が作る町づくり ランクル  2026年10月7日(水) 10:44 修正
いまは伝説の人となってしまっているけれど、私の町に松原徳三郎という人がおりました。
皆から徳さん 徳さんと呼ばれており、西淡町の町議をされています。
西淡は瓦の町なので、粘土が原料だからその土を供給するのを企業化してと考え、配合粘土会社を作りました。
アイディアや発想力は誰よりも優れていました。
私が中高時代の人でしたから、松原組の徳さんとしか印象はなかったのだけれど、運送会社や粘土会社などを見ていると先見の眼をもった方であると思います。
西淡町の「ふるさとまつり」も徳さんの発想から、それの運営は青年団に寄付を集めさせて、町は一定の補助をすることにしました。
それが何回か続いたが途絶えてしまいました。
その西淡ふるさとまつりを復活させたのが西淡商工会の青年部でした。
それが何十回か続いて途絶えてしまいました。
残念
青年部はそれがために半年ほど前からイベント(夜店や金魚やうなぎ釣りなど)や事業所から寄付を募るために何度も仕事を終わってから夜に会をしていました。
西淡ふるさと祭りの花火は場所的にもよく、島内外からも見物者も多く昔から続いている洲本の「淡路島祭り」に負けないと好評なのにねぇ。
こう考えると、補助金にすがるよりそれを支える人々の力こそ重要なのですねぇ。

インターネットで Googl ってみました。 <南あわじ市 松原徳三郎>

 アレ? うちの100m先の元野球選手が政治家になっている

兵庫県出身の人物一覧

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%B5%E5%BA%AB%E7%9C%8C%E5%87%BA%E8%BA%AB%E3%81%AE%E4%BA%BA%E7%89%A9%E4%B8%80%E8%A6%A7


 地方の時代を目指した政治もあったんやでぇ ランクル  2026年10月7日(水) 17:53 修正
政治が歪められた
簗和生農林水産大臣の「道路予算カット」発言をめぐる論戦がお茶の間のお笑い芸人が出てくる政治や時事問題の番組で賑わっている。
この度新しくなった簗農水大臣は、衆院選挙で自身を応援しなかった首長がいる自治体の道路予算を「カットした」という旨の発言を行ったんだとさ。
政治家の質が落ちているが、ここまでバカが政治家をしているんだと呆れている。
それでも当選しているんだから選挙民の質も落ちているんだ。

随分前のことだけれど、こんな政策が行われていて、まともな政治家が日本を豊かにしたんだと。

自民党もこの頃はいい政党だったんだが・・・
三全総というのがありました。
「第三次全国総合開発計画」の略称 (昭和40年代後半から50年代初頭にかけて)
福田赳夫内閣で閣議決定され、高度経済成長が終わり、資源やエネルギーの制約、環境問題、低成長への移行が起きました。
大都市への人口集中や地方の過疎化を和らげ、自然と調和した快適な生活環境をつくることを目指しました。
人々が地元に長く住み続けられるよう、「定住構想」を掲げて地方の生活基盤の整備に力を入れました。

このころ景気低迷から財政難とも相まって地方自立の機運が高まるなど「地方の時代」がくるかなと期待しました。
大分県平松知事の提唱により「一村一品運動」が始まっていました。
経済学者でもない田舎の年寄りがいうのですが、
地方に製造拠点を置くことにより、工場や製造設備ができる。
それらは償却資産でもあるから地方の自治体には固定資産税が入ってくる。
資金がない起業家は金融機関から借入するから負債であっても資産である。
私は簿記の勉強はしてこなかったたけれど、自分で事業をはじめたからパソコンて会計処理や販売管理のプログラムをイチから組みました。

商売というのは儲ければ良いというのもそうだけれど、人が住みその中でお金や物が動くことが大事な要素。
外からお金をとりに攻めてくる。島外資本だから本社本店に送金で儲けはそこに残らない。
地方は寂れていくので廃業や倒産企業が次から次に。

小切手や手形などが無くなる金融システムで、これから地方の金融機関消えていくのでしょうねえ。

 南辺寺山の銅像 ランクル  2026年10月10日(土) 16:01 修正
淡路島の旧南淡町の山に南辺寺山というのがある。
その山頂近くに南辺寺があって車で一周することができます。
タラの芽を採りにとかワラビなど山菜取りに嫁とよく行きました。
山頂に公園のようなところがあって、森勝さんの銅像が建っている。
下のコンビニで弁当を買って食べながら銅像に刻まれている功績を読みました。
田舎の首長にしておくには惜しい人です。
私が子供の頃は森長組といっていたかと思うが、現在は(株)森長だ。
森土建が本家で、そこの分家だったかで私の母親の次男の嫁が森土建から来ていて、森勝さんとはいとこだといっていた。
今は森土建は無いが、島内では建設会社は沢山あったけれど数えるぐいしかない。
土建業者には組というのがあるけれど、静岡の鉄工所にもなんとか組といって、技術職人がそこの社員でなく正社員よりも高度な技能の要る部門に就いていました。
現在日本の製造技術はむかしのようではなくなったというけれど、そういう職人を育てて日本をもう一度輝かせたいものだ。
森さんは沢山仕事をとってきて、その下請けの事業所を育てていきました。
それを妬んで不満な連中がいましたが、世の中はそういう者たちが何かとブレーキになるんですねえ。
今の世の中、親分肌の人間がいない不幸!


 本聰さんの追悼番組「北の国から」を見た ランクル  2026年10月10日(土) 8:28
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先日倉本聰さんが亡くなった追悼番組で「北の国から83冬」を放映していた。
フジテレビは意識してあまり見ないようにしているのだが(^o^)
これは見ておこうと

田中邦衛さんは加山雄三の若大将シリーズの青大将で面白い役柄でした。
倉本聰さんが富良野になぜ拠点を移したのは亡くなったときに何度も言っていました。
東北や北海道の北国の出稼ぎのある地方で、昔は大なり小なりよくあった話で倉本聰さんがこの辺がいいんですね。
私が静岡にいた頃、秋田から何人かいましたが、お父さん違いの兄弟、苗字もちがっているが、あいつ等兄弟やでぇと。
出稼ぎ中に余所のおっさんが来てそうなったらしい。イッヒっヒ(^o^)
今回の北の国からに笠智衆や風吹ジュンが出ていたので本当に良かった。

田中邦衛は岐阜の土岐生まれだというのだから美濃焼で有名なところ。
淡路で釉薬の研究している人は勉強にいつたらしい。
淡路はいぶし瓦で有名だけれど、高度成長期には色がわら(窯業)で万博などの好景気に支えられ経済が大きく発展しました。
しかし今はショボン(^^;


 アホな政治家どもに殺される ランクル  2026年10月9日(金) 16:51
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エンゲル係数
エンゲル係数というのがありますが、
家計の総消費支出のうち食料費が占める割合のことで、ドイツの社会統計学者エンゲルという人が論文を発表したんだそうだ。
「食料費÷消費支出×100」の式で算出されるのをエンゲル係数、エンゲル係数は低くなる。これをエンゲルの法則というんだそうだ。(ウイッキペディアより)

エンゲルの法則は、生活水準や消費パターンの変化を示す指標としても広く使われ、経済発展の度合いや国ごとの貧困層の割合を測定するためにも利用される。
収入が増えると、飲食費以外の支出(住居、娯楽、教育など)が増加し、より豊かな生活を送ることが可能になるため、エンゲル係数は収入の増加に伴い低下する。
家庭菜園で買わないのもあるから正確ではないけれど、計算尺と同じようなもんだね(^o^)

いまの政治家はまるっきし勉強というのをしてこなかったんやねぇ。
ビール会社が値段を協定(業界の複数の企業が、商品の価格や生産量、販売地域など合って取り決め、市場での競争を制限(企業連合)したと騒ぎ出した。
企業は何もしないで製品が作れると思っているバカが政治家や学者。
高い設備や原材料や人件費がある。
設備機械は償却資産だから機械なら11年、備品などは6年だったかな?
事業所があれば地方税として自治体の税収だ。
そこで働く人々から市県民税も入る。
儲けたらアカンという政治家や役人、そして民衆もいる。
ガソリンスタンドは人件費を節約しようとポスにして無人だ。
そこで働く人間はガソリンは飲まんけれどビールも酒も飲む。
ポスは紙を食うけれど酒飲まん。
米農家は安定して農業やってもらうために農政があった。
私が帰省して建設課などへ行ったとき、職員が建築資材のパンフレットなどから予定価格を計算していました。
建設関係の業者に入札きせて、異常なのはその理由も聞いていたのですね。
大学出の人は少なかったけれど、みんな賢かった。

何年かぶりで米農家にチャンスがきたのに、アホな農業大臣がきて呆れていたのに、それに輪をかけたまたバカがいる。
総理大臣ともども辞めろ!


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